Novel 24-7 31-35

31.都内 インターネットカフェ



 すまない。あまり長くは書けないが、私はここに来たくて来たわけではないことをわかってもらいたい。家族を捨てるつもりなんてなかった。本当にすまない。丸山はプロジェクトリーダーではあったが、実際に研究を進めていたのはこの私。だが、NSAはそれを知らずに、開発部長の職を用意して丸山に声をかけた。開発者のまとめ役に過ぎなかった丸山は相当困惑したようだ。だから、推薦という名目のもとで私を拘束し、自らの体裁を保った。


 
以来ずっと私はここで研究を続けている。ICチップは未だ完成していない。丸山のせいで多くの犠牲者を出してしまったことを、悔やんでも悔やみきれない。できることならNSTLで研究を続けたかった。だが、こうなってしまった以上、もう逃げられない。鎖でつながれ、薬でのどをつぶされた。だから、私はNSAの中で研究を続けていく。それしかないんだ。今後、ICチップを本当の意味で活かすためには。


 
祐介、おまえがここに来たことは、受信室からのデータでわかっていた。もしも会えたらこの手紙と機密事項を渡そうと思っていた。だが、私が生きていることは富田所長以外には言わないでくれ。迷惑をかけて申し訳ないと伝えてもらいたい。私が失踪してから七年。もうそろそろ死亡認定された頃だろう。父はもういないのだと割り切って、自分の道を歩んで欲しい。幸せにな。

32.都内 アトラクション施設


「きれいですね。」

「そうだな。スパッツィ・ネルマーレっていうんだ。水の中の宇宙って意味らしい。」

「宇宙……このガラスのボールひとつひとつが星なんですね。」


「……なあ、知ってたか? ICチップがここでは機能しないこと。」

「ここって?」

「水中を泳ぐガラス玉の中。水とガラスは著しく感度を低下させるらしい。」

「そうですか。どこもかしこも欠陥だらけですね。」

「だな。」


「今日はどうして私を呼び出したんですか?」

「うちのお袋がいつからおまえの親父と付き合ってたのか聞こうと思ってな。」

「わかりません。私も半年前に知ったばかりですから。」

「そうか。」

「すみません……」

「謝るなよ。お袋とは元々そんなに折り合いが良くなかったし、ましてや不倫なんて許されることじゃない。ただなんとなく気になってな。」

「私の父にも責任があります。」

「気にするな。もう耐えきれなかったんだろう。帰ってこないかもしれない夫を待つ現実に……。」


「……岡田さんは私が怖くないんですか?」

「どうしたんだよ、今更。最初に接触してきたのはおまえの方だろ。」

「そうですけど……」


「……前に聞きそびれたことを聞いてもいいか?」

「はい。」

「どうやって俺の連絡先を手に入れたんだ?」

「岡田さんはNSAからマークされていますから。ICチップの異常値と局内からの逃亡、それから岡田開発部長との関連でブラックリストに登録されています。」

「全て調べはついてるってことか。」

「はい。」

「なんでもありだな、NSAは。」

「そうですね。4人も殺した殺人鬼を、何事もなかったかのように高校へ通わせるくらいですから。」

「どれだけの権限があるんだよ……。普通じゃない。」

「このプロジェクトに欠陥があったことを公にしたくなかったんでしょう。」

「どういうことだ?」

「私は無感情で殺人を犯した初めての人間だったそうです。NSAには情報総監部というデータ管理部門がありますが、私のデータには一切乱れがなくて、犯行の兆候を感知できなかったそうです。"どんな状況にも冷静に対応できるだろう"。そんな建前で私を手元に置いて監視しているんですよ。」

「馬鹿みたいな話だな。」

「そうですね。世の中には私のような人間もいますし――」

「意図的に中に入ることも可能だったしな。」

「はい。人間の攻撃行動のメカニズムが完全に解明されたわけじゃないのに――」

「未完成のICチップと前例も統計もないデータを使って犯罪を抑制しようなんて勘違いも甚だしい。」


「岡田さんはこの件を売るつもりですか?」

「……正直まだ考えあぐねてる。だけど、この件の是非はいずれ問わないといけない。忘れろと言われたが、親父をこのまま犠牲にしたくないしな。」

「審判ですか。」

「ああ、いつか必ず自分がその鍵になるつもりだ。」

「これで良かったんですよね……」

「……俺の親父は丸山に陥れられた。それだけじゃない。あいつの弟はおまえのお袋に手を出して、おまえの家庭も人生もめちゃくちゃにした。酷な偶然が重なってしまったが、結果的におまえは内部の人間になって、そのおかげで俺は情報を仕入れることができる。何か問題あるか?」

「……」

「みんなが幸せに暮らせる社会を作りたかったんだろ? だから俺と手を組むことを決めたんだろ? それならもう迷うなよ。おまえも俺もこれからだよ、これから。」

33.都内地下施設 セクションRR



 アイマスクを外されて最初に映ったものは、幾度となく目にしてきた広大な砂漠。私の他に女性が4人、男性が2人。皆、不安げな表情で辺りを見回してる。無理もないわね……。この私ですら戸惑っているんだから……。


 あの日、局長室で味わった恐怖がこびりついて離れない。四六時中見張られている実感なんてなかった。自分だけは例外だと思い込んでいた。銃を向けられて初めて気付いた。監視者である前に、私もただの人間だったのだと。


 もうすぐ日が沈む。明日の見えない今日が終わる。ここは変化し続ける場所。この先に待つものが何であるかを知るすべは、もはや私にはない。傾く太陽の輝きにつられて視線を上げると、無機質だった砂丘の影はいつしか表情を変え、人間なんて砂で出来た人形のようなものさと、ただ嗤っているような気がした。


(END)