Novel 24-7 6-10

6.岡崎貴之


【岡崎貴之】

年齢30歳。都内の電子部品関連工場に勤める派遣労働者。有名私立大学を卒業後、出版会社に入社したが、倒産により失業。その後は職を転々とし、現在に至る。


 
朝が来た。新参者にとっては最初の朝か。さぞかし混乱することだろうな。もっともそれは、ここが以前と同じ場所であるという前提あっての話だが。


 風景はよく似ている。というか、ほとんど同じだと言っていい。しかし、随分と待遇が悪くなった。他の建物はどこに行った? 影も形もなくなって寂しい限りだ。ここに来たってことは、おれはまた何かやっちまったんだろうな……。


 なんて感傷に浸っている場合じゃない。以前と同じ目的が根底にあるのなら、あいつの言ったことは間違いなくはったりじゃない。自分で食を確保しなければ一生ここから出られないってことを、他のやつらはまだわかっていないだろう。


 あいつはただの案内人だ。おれたちをここへ運んで居住区へ誘導し、ルールを説明した後はすぐに消える。誰かがなんとかしてくれるだろうなんて考える愚図は、発狂して終わる。


 ここはそんなに甘い場所じゃない。ゴミ捨て場に捨てられたようなもんだ。


 さて、おれはどう出るべきか。全てを知っているわけではないが、おおよそのことは説明できる。だけど、見ず知らずのやつらを助ける義理はない。


 まずは自分がどうしたいのかだ。おれはここから出たいのか? 正直、外へ出ることができたとしても、生きた心地のしない生活が待っているだけ。考えたくはないが、もうすでに首になっている可能性すらある。またゼロからやり直しならば、いっそのことあのライフルで殺してもらった方が楽かもしれないな。


 努力しても報われない世の中だと言えば、その努力をしなければ報われることはないと返される。おれ以外にも大勢いるだろう。自分の描いていた未来が手に入らなかった人間が。要領のいい人間だけが得をする社会なんて糞喰らえだ。


 まあいい。簡単に答えの出せない問題に頭を使うのは、現時点では時間の無駄だ。他のやつらの行動を観察しながら、ゆっくり考えるとするか。

7.木ノ下律子


【木ノ下律子】

年齢28歳。都内の国立大学を卒業後、米国大学院留学により博士号を取得。その後、日本へ戻り、公務員の職に就く。専門は心理学、生理学など多岐に渡り、若くして総括的な地位までのぼりつめた。


 もうすぐ太陽が真上にくる。正午を間近に控えて、5人の動きに変化が出てきた。今朝のことを思い出すと、ちょっぴり笑える。みんな、昨日は眠れたのかしら? 疲れた顔でテントから出てきて、目的のものを探し始めたのはいいけれど、そこにあったのは昨日と何も変わらない砂漠。捨て犬みたいな表情で押し黙ってしまったけど、普通そこまで落胆する?


 最初に口を開いたのは金髪の男。意外だった。私はスーツの男が無駄に張り切ってリーダーシップを取りたがる気がしていたけど、空腹でしびれを切らしちゃったのね。支給がどうとか息巻いて叫んでた。お子様って本当に馬鹿ね。そんなことしてたら、あっという間に体力尽きちゃうわよ。


 案の定スーツの男が金髪をたしなめたけど、こいつもかなりの馬鹿。怒り狂ってる相手にそんなことしたって、余計に怒らせるだけなのに。結局、胸倉をつかまれて身動きひとつ取れない状態。正義感って汗臭い。ふたりそろって年下の女の子に諌められるなんて、男ってこういう時に限って情けないものね。


 あの子は見た感じ一番冷静。「ここには最低限の水と食料しかない」という言葉を「最低限の水と食料はここにある」と言い換えた。それがきっかけで今に至る。


 彼女はテントに目を付けて、シートの下や部品をくまなく確認してる。何かヒントがあればいいわね。


 スーツの男は姿を消した。行けるとこまで行ってみようってことね。この広い砂漠じゃ無駄に疲労するのが落ちだと思うけど、首尾はどうなっているのかしら? きっと何も見つけられずに帰ってくる。楽しみね。


 何もしていないのが他の3人。外国人は所在無げに視線を泳がせてる。金髪はふてくされたように座り込んでる。年長の男はその様子をじっと見てる。あの男、いったい何を考えてるのかしら。気味が悪い。まあ、そういう私も人のことは言えないけど。

 時間は飛ぶように過ぎていく。この調子だと、何も見つけらないまま一日が終わるわね。もう喉がからから。我慢にも限度があるわよ。随分苦労してるようだけど、そんなに難しいことかしら? 考えてよね。ここは、どう見たって砂漠なんだから。

8.2018年8月10日「大和中央日報」夕刊紙面

247b

9.2日目・岡田祐介


 朝が来た。昨日の夜、テントの中はかなり険悪な雰囲気だった。俺はただ落ち着かせようとしただけなのに、金髪の若造には完全に敵視されてしまったし、もう一人はうんともすんとも言わない。本当に居心地が悪かった。外に出られて正直ホッとしてる。


 しかし、このまま水と食料が見つからないとまずいな。この暑さじゃ全員死ぬぞ。


 昨日は居住区の他に何か建物がないか探しに行った。けれど、どこまで歩いても何も見えなかった。果ての見えない場所を延々と歩き続ける苦痛は半端じゃない。ふくらはぎがぱんぱんに張ってる。


 この状況と審判、どっちが楽だろうか。深夜をまたぐ仕事を終えて、ひと時の眠りにつく。数時間後にはユニフォームに着替えてグラウンドへ走る。試合が始まれば軽く数時間は立ちっぱなし。よほど好きじゃないとやってられないな。


 体力には自信があった自分がこれだけ疲労していることに正直驚いてる。焦りは疲労を早めるからな。精神的にも少しずつ確実に削られてるってことか。だけど、俺はどうしても探さなきゃならない……。どうしても……。


 ん? 今、何て言った? 砂の下じゃないかって? まさか……。だけど、あり得なくはない。正解かどうかはともかくとして、この状況下で最も落ち着いて見えるあの子の言葉をあえて疑う必要はない。あれだけ歩いて何も見つからなかったんだからな。灯台もと暗しの可能性もある。一か八かやってみるか。


 足元の砂に手を差し込むと、意外なほど中が冷たいことがわかった。外は真夏のような暑さなのに、太陽に照らされた浜辺の砂とはまるで違う。干からびそうな体で焼ける地面を掻き分けるイメージが瞬時に消えた。掘り進めるのに全く苦はない。


 体感的には一時間ほどが経過しただろうか。穴の深さは軽く50センチを超え、右手の爪にコツンと何かが触れた。一瞬、地雷かと思って背筋が寒くなった。慎重に掘り返してみると、それは乾パンの入った缶づめだった。


 あった……。まさかとは思ったが、本当にあった……。


 俺の挙動を見て、5人が集まってくる。背中越しに歓喜の表情を感じる。これを受けて、俺はある提案をすることにした。


 テントの周囲に線を引いて一定規模の区画を作り、その区画をひとりひとり掘り進める。そうすれば、短時間でこぼすことなく水と食料を確保できる。みんなが俺の策に乗った。掘り起こしたものは、2つのテントの間に集め、平等に分け合うことに決めた。

10.3日目・萩原恭平


 今日から本格的に穴掘りが始まった。あの男が仕切ってんのがウザいけど、乾パンを口に入れたとき、生きてるって感じがした。いきなりのどに張り付いて死にそうになったけど……。早いとこ水が欲しいな。


 あいつは自分の履いてきた革靴のつま先で線を引いた。1メートル×1メートルくらいの四角をひとりひとりが受け持つ。さてと、オレのテリトリーには何が埋まってんのかな? 


 つーか、これ、ホントに罰ゲームなのか? 完全に宝探しだろ。ただの穴掘りだけど、すげぇ楽しくなってきた。なんでみんなもっと楽しそうな顔しないんだろうな。掘れば掘るほどお宝が見つかるかもしれないのに、下向いて溜め息ついてるヤツもいる。


 インテリっぽい女が一番だるそうだな。やる気あんのか? あいつ、昨日もおとといもオレたちのことじろじろ見やがって、口元が微妙に笑っててマジムカつく。自分の持ち場くらい責任持てっての。


 おっ? 今なんかごそっといった。これはアイテムゲットだな……? 当たり! ビニール袋に包まれたペットボトル! もちろん中身は水。念願の水。オレってかなり大きい仕事したよな! 最っ高!


 ホントならここでふたを開けて一気に飲み干したいところだけど、決まりは決まり。ルールを破るとゲームオーバー。テントの間には……まだ何もない。オレが一番乗り!


 しかし楽しいな。楽しい。楽しい。働くってこんなに楽しいのか。ここを出れたらバイトでもしてみるか。コンビニでもなんでもいい。こんなオレが役に立ってるってすげぇよ。弱いヤツから金巻き上げるために殴って、退学になって、ゲームばっかやって、親に八つ当たりして。なにやってんだろうな、オレ……。


 コンビニ……? そうか……。あの日、オレは……。


 いつも通り黙々とネットゲームの世界を旅してた。だけど、全然楽しくなかった。前の日の夜、中学からの親友がコンビニで働き始めたってメールをよこしたから。あいつは普通に高校行って大学行って、バイトして社会に認められて……。


 コントローラーをいじりながら、嫉妬とか焦りとか、心の中でいろんな感情が混ざり合うのを感じた。夕食を運んできたおふくろの足音で我に帰ったら、死ね死ね死ね死ねって何度も何度もつぶやいてた。


 無意識のうちに家を抜け出して、立っていたのはあいつの働くコンビニの前。あいつはレジにいて、変わらない笑顔でオレを歓迎してくれた。だけど、オレは愛想笑いすらしなかった。あいつを消すつもりだったんだ。炭になってしまえばいいと思った。


 ポケットの中に入っていたライターに火をつけて、あいつの服に……。信じらんねぇ……。なんでそんなこと……。償えるかな……。償いたい……。ここから出たい。