Novel 24-7 1-5

1.向井あかね


【向井あかね】

年齢16歳。東京都内の高校に通う一年生。学校での成績は極めて優秀。品行方正な生徒として教師からの評価も高い。髪の色は黒。右の耳にピアス。


 アイマスクを外されて最初に目に映ったのは、見たこともない広大な砂地。テレビで見たことのある砂漠のような、終わりの見えない砂の山。ここに水はあるのだろうか。ふとそう思った。


 
私の他に女性が2人、男性が3人。歳はどれくらいだろうか。恐らく、私が最も若く、年長者も30歳前後だろう。


 
オーソドックスなグレーのスーツを着た、サラリーマン風の男性。スウェードのワンピースとミリタリーブーツが特徴的な髪の長い女性。赤いパーカーにチノパンを履いた金髪の男性。グリーンの瞳が印象的な、外国人らしき女性。しわにまみれた作業服を身にまとった、髪の乱れた男性。


 
皆、一様に硬い表情で辺りを見回している。


 
私たちを乗せてきた白いワゴン車は、五分ほど前にこの場を去ってしまった。残されたのは見ず知らずの六人と、長い銃を持った大柄な男性。彼は麻色のTシャツにカーゴパンツを履いている。全員、ここで殺されるのだろうか……。そう思わせるような、威圧感の溢れる出で立ちだった。


 
今、何時だろう。時計を見ようと手首に目を向けた時、初めて愛用の腕時計がないことに気付いた。高校の合格を祝って母が贈ってくれたもの。


 
「一歩大人に近づいたんだから、自分の時間を自分で管理して、楽しい高校生活を送ってね。」


 
そう言いながら、幸せそうな笑顔を浮かべていた母の姿を思い出す。


 
その大切な時計の代わりに手首に付けられていたのは、金属製の手錠のようなもの。しかし、二つのリングは手錠と違って鎖で繋がれていない。少しの重みを感じる以外、両手は自由だった。


 
そもそも、なぜ私はここに来たのだろう。車の軽い衝撃が妙に心地良かったことをうつろに覚えている。「起きろ」という声で目を覚まし、アイマスクを外され、車から降ろされた。


 
そうだ。あの時計は私が――。手繰り寄せた記憶の中で、粉々に砕け散ったガラクタが浮かんでは消え、浮かんでは消え。むき出しになった歯車がカタカタと音を立てる光景が、何度も何度もリピート再生される。


 
空を見上げると、太陽が傾きつつあることがわかった。きっと、もうすぐ日が暮れる。銃を持った男が「付いてこい」と呼びかけている。付いていくしかないのだろう。ここにいても何もわからないのだから。一人になってはいけない。私の直感が胸の奥底で疼いていた。

2.岡田祐介

【岡田祐介】

年齢26歳。有名私立大学を卒業後、都内で嘱託社員として働いている。誠実な仕事ぶりで、周囲からの信頼は極めて厚い。ボランティアで野球の審判を行っている。


 なんなんだよ、ここは……。広い砂漠の真ん中にテントがふたつ。ライフルの男が言ってたな。ここがおまえたちの居住区だとかなんとか。片方を男性、もう片方を女性が使えってことか。こんな何もない場所に連れてきて、俺たちをどうするつもりなんだ?


 待てよ。「おまえたちの居住区」ってことは、俺たち以外の居住区もあるのか? もしかしたら、居住区の他にも何か……。推察が尽きることはないが、ここからは何も見えない。無駄に動き回るより、今は腰を落ち着けて様子を見た方がいいだろう。


 テントの中は思いのほか広い。寝袋と衣類一式が置いてある。とりあえず着替えるか。この格好のままじゃ動きにくくてしょうがない。ここに来るまで、スーツと革靴は正直きつかった。暑さに加えて砂に足をとられてかなり参ったよ。


 Tシャツに軍パン。全員一緒なんて、まるでユニフォームだな。現役時代を思い出す。着心地はそんなに悪くないが、左耳が煩わしい。これはピアス? 長い間野球に明け暮れていたせいか、アクセサリーなんて興味のかけらもなかった。鼻に付けたり、腹に付けたり、こんなもので自己表現を主張する人間の気が知れない。


 それはともかく、人が寝てる間に耳に穴を開けるなんて、許されることじゃないだろ。手首には金属の輪っか。耳にも金属性のピアス。俺たちが逃げられないように、小型の探知機でも仕込んであるのか? わからない……。全くわからない。考えれば考えるほど頭が痛くなる。


 だいぶ日が落ちて、視界が狭くなってきた。こんな状況で集合だって? あのライフル、いちいち目障りだな。指揮官気取りが気に入らない。この闇の中でテントの場所を見失ったら完全に命取り。何かをさせるつもりなら明るいうちにしてくれよ。


 隣にいる女の震えを感じる。当たり前だ。あんな物騒なものを向けられたら、誰だって死がよぎる。この十数年で自殺者が激増したらしいが、人間には生存本能ってものがあるんだよ。


 一刻も早く、この状況を打開したい。だけど、今は従うしかない。俺は自分の身を守る。俺にしかできない仕事があるからな。失踪なんてことになったらミイラだよ。突然こんな場所に連れて来られるなんて思いもしなかった。なんとかしなきゃな。

3.萩原恭平


【萩原恭平】

年齢19歳。暴力行為で都立高校を退学。その後はいわゆるニートである。外に出ることは稀で、主にネットゲームに時間を費やしている。髪の色は金。素行は極めて不良。


 あの野郎、バカにしてやがる。マジふざけんな! 今日はさっさと寝ろ。明日はさっさと起きろ。そして働け。ここには最低限の水と食料しかない。それ以上を望むなら、自分で畑を耕し水脈を探せ。それがここのルールだ。って、オレになんの関係があるんだよ!


 つーか、ここが砂漠だってわかってんのか? 水脈とか、意味わかんねぇ。探してる間にオレら全員干からびて死んじまうって!


 これはなんかの罰ゲームなのか? オレが高校で人生ドロップアウトした罰なのか? わけわかんねぇよ。パソコンさえあれば手がかりくらいはつかめるかもしれないのに……。


 あー、ゲームやりてぇ。どうすんだよ、親にデータ消されたりしてたら。だけど、あそこはリセットできるからいいよな……。俺の人生終わってるから……笑える。


 ……テントに寝袋って今時キャンプかよ。連れてくるならプレハブくらい建てとけって。まぁ、思ったほど悪くはないけどな。住むだけならこんなもんでも十分耐えられる。服も別にどうってことない。全員おそろいってのがダサくて好きじゃねぇけど、あるだけマシってとこか。


 あとは食料。食料……。ハラへったなぁ……。明日の朝になったら、ライフルのヤツが届けてくれんのか? それしか考えられないよな。テントの中には何も見当たんねぇし、外は砂、砂、砂。


 もしかして、あの砂、食えんのか? いくらなんでも食えるわけねぇよな……バカかオレ。やっぱ支給だろ。飢え死にさせるくらいだったら面倒くせぇ、撃ちまくってさっさと全滅させるだろうし。あれはただの牽制だよ、牽制。


 だけど、ホントに罰ゲームだったら逆にリアルで面白いな。RPGの中みたいじゃねぇ? 無茶苦茶なストーリーに巻き込まれてく主人公とかヒロインとか。いきなり冒険の旅に出されるって、けっこう最悪だな。


 なんでオレがターゲットになったのかさっぱりだけど、普通の生活してたわけじゃない。罰なら罰で受け入れるとして……とりあえず寝るか。

4.宮崎カレン


【宮崎カレン】

 年齢24歳。イタリア・フィレンツェ出身、東京都在住。短期大学在学中に四歳年上の会社員と結婚。一児の母となる。夫婦仲は円満。主婦業にも近所づきあいにも積極的で明るい性格。


 怖い……。銃を持った男がずっとこっちを見てる……。目を閉じても、まぶたに焼き付いて離れない……。震えが止まらない……。神様……。家に帰りたい……。ここはどこなの……? どうして連れて来られたの……? きっと、家族が心配してる……。


 ここで暮らすためには、食料と水を手に入れなきゃいけないみたい。最低限って、どれくらいあるのかな……。1人分? 2人分? 私を入れて6人。もしも足りなかったら……奪い合うの……? まさか、ひとりが生き残るまで終わらないとか、そんなことないよね……? そんなことになったら、帰れる自信なんてない……。


 子供の頃は幸せだったな……。パパもママも優しくて、いつも私のことを守ってくれた。経済的には裕福ではなかったけれど、心の中はいつも穏やかだった。


 パパの仕事の都合で日本に来てから、少しずつ少しずつ、何かが狂い始めたような気がする……。機械的で温かみのない街が、ママの心の余裕を奪ったのかもしれない。子供だった私には何もわからなかった。慣れない土地で家庭を守ることが、どれだけ大変だったか……。


 大雨で増水した川がママを飲み込む光景を、今でもはっきり覚えてる。助けてって叫んだのに、誰も助けてくれなかった……。あれから何年経っただろう。突然消えてしまったママの帰りを待ち続けた私は、もうすぐあの時のママと同じ年になる。


 
大学を中退してまで結婚したのは、もう一度、温かい家庭で暮らしたかったからかな……。愛する夫と娘のいるマンションが、今の私にとって一番大切な居場所。絶対に失いたくない宝物。それなのに、私自身が消えてしまうなんて、戻ってこなかったママと同じじゃない……。ふたりに悲しい思いをさせたくない……。早く帰りたい……。


 息が詰まりそうだった日本の生活に慣れたみたいに、そのうちこのテントにも慣れるのかな……。シュラフなんて初めて使った。ベッドと違って寝苦しい。砂の感触が肌に伝わって、大きな波に揺られているみたい。


 他の2人はもう寝息を立ててる。何でもいいから話しをしたかった。孤独で涙が止まらない……。いつも前向きで明るかった自分はどこに行ってしまったんだろう……。母親になってから泣いたことなんて一度もなかったのに、私っていつからこんなに弱くなったのかな……。

5.2028年3月7日 「大和中央日報」朝刊紙面

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