Novel 24-7 11-15

11.4日目・岡崎貴之


 今日も変わらず単純作業。あまり好きな仕事ではないが、生きるためには仕方がない。これまでに出てきたのは乾パンと水とレトルト総菜と缶飯とゼリー飲料と……。全員で作業した結果、たった一日でかなり色々と出てきた。最低限の水と食料はちゃんとここに用意されてたってわけだ。


 そう言えば、今朝、あの金髪がいなくなった。おれたちをここまで運んできた白いワゴンが何の前触れもなく走ってきて、例によってライフルの男が降りてきた。そいつは何も言わずにホルスターから拳銃を抜いて、即座に金髪の頭を撃ち抜いた。発砲音はなく、力を失った体が砂の上に崩れ落ちる音だけがボスっと響いた。で、ヤツはワゴンに乗せられて行ってしまった。


 ほとんどの人間が目を丸くして、茫然と突っ立ってたな。おれは何度か似たような光景を見たことがあるから、全く驚かなかったが。


 一方であの外国人。騒がしいにもほどがある。目の前で人が撃たれたことがショックだったのか、甲高い悲鳴を上げながら延々と泣き叫び続けた。それだけならまだしも、まさか無理矢理ワゴンに乗り込もうとするとは思わなかったよ。おれには理解できない言葉で喚きながら、ドアをこじ開けようと足掻いていた。結局、ライフルの男にあっけなく制止されたが、あの雰囲気は尋常じゃなかった。


 あの女が日本語を話せるのかはわからない。しかし、人間がパニックに陥ると、使い慣れている言葉がとっさに出るのかもしれないな。家に帰りたいとか、ここから出してとか、たぶんそんなことを言っていたんだろう。


 そんなかよわき女性を見て、おれの悪い癖が出た。小さい頃から悪ふざけが過ぎて両親から散々怒られてきたが、なかなか治らないもんだな。


 この場所から不要になった人間は、頭撃ち抜かれて放り出されるんだよ……。


 ひとり言を装ってぼそっと口に出した言葉は、確かにあの女の耳に届いた。顔が一気に青ざめて、嘘のように大人しくなってしまった。ちょっとしたいたずら心。ジョークのつもりだったが、ブラックだったか?


 ついでと言ってはなんだが、おれは一番若いお嬢さんのことも怒らせてしまったらしい。「無責任なこと言わないでください!」だってよ。可愛いね。


 だけど、そんなに無責任なことでもないんじゃないか? だって、この場所から不要になった人間は頭を撃ち抜かれて放り出されるだろう? これは、以前ここへ来た時に知ったことだ。全くもって間違っていない。どこが無責任な言葉なのか、せっかくだから教えてもらいたいもんだね。


 なぜ、未来のある女の子がこんな所へ来てしまったのか。最初に見た時は自分の目を疑ったよ。あの金髪なんかとは違って普通の高校生って感じなのに哀れだな。


 夜になるといつも考える。自分がどうしたいのか。答えはいつも同じ。


 「ここから出る理由はない。」


 おれたちの世代は過酷だった。ようやく就職できたと思ったら倒産やリストラ。派遣に登録したら派遣切り。ブランクを作れば一巻の終わり。面接すらまともに受けさせてもらえなくなる。


 いっそのこと社会主義にでもなれば、自分の意志と現実との間で葛藤しなくて済むのにな。どうでもいい……。帰ったって楽しいことなんてひとつもないよ。

12.5日目・宮崎カレン


 太陽がのぼる。穴を掘る。太陽がのぼる。穴を掘る。太陽がのぼる。穴を掘る。太陽がのぼる。穴を掘る。太陽が昇る。今日も……穴を掘る……。毎日毎日これの繰り返し……。もう……頭がおかしくなりそう!!


 昨日、男の子がひとりいなくなった……。あんなに頑張ってたのにどうして?! 不要なものは放り出されるってどういうこと?! あの子は不要なんかじゃない! 一番汗だくになって、一生懸命探してた。なのにどうして殺されなければならないの?! 酷過ぎる!!


 あの男はまるで他人事のようにこっちを見るばかりで、満足に働きもしない。あんたの方がよほど不要! ここからいなくなればいい! 全部あんたのせい! 私がこうなったのもあんたの!!


 ……違う。こうなったのは全部自分のせい……。思い出した……。私はこうやって誰かに責任を押し付けることでしか自分を保てなかったんだ……。


 日本は全てが速くて狭くて無機質で、いつも苦しかった。ずっとイタリアに帰りたかった。いくら国際化が進んだといっても、子供は物事の分別がつかない。学校では毎日いじめられて、その惨めさを両親にぶつけた。なんで日本なんかに来たの?!って。


 大人になってもそれは同じ。ただ幸せだけを求めて結婚した私が馬鹿だったのかもしれない……。仕事のためにプライベートを削る夫。何も知らずに、無邪気な顔で笑う娘。子供さえいなければ、もっと自由に生きられたのにって、時には殺意さえ感じた。


 理想の夫婦とか円満な家庭とか、そんなものは全部上辺だけ。辛い顔を見せられる友達がいなかっただけ。マンションには顔見知りの園ママが何人もいるけど、本音を言えば、いつも壁を感じてた。


「あの人、浮いてるわよね。」
「買い物に行くだけなのに、何よ、オシャレしちゃって。」
「ここが日本だってこと知らないんじゃない?」
「ホント、外国人のくせに献身的な妻気取りで笑っちゃう。」
「笑うって言えば、あの派手な笑顔、目障りじゃない?」
「こっちは朝からそんなにテンション高くないのにね。」
「明るく元気な自分に酔ってるんでしょ。」


 
それが、本当の声。日本に来た外国人は大人になっても色眼鏡で見られる。笑顔でいるって、そんなにいけないことなの? 笑っているから傷ついてないとでも思ってるの?


 ねぇ、ママ……。ママもこんな風に一人で耐えてたの? 神に背いてまで逃れたい苦しみを抱えて、どうして私を守ることができたの?


 私には無理だった……。もう限界だった……。きっかけなんて覚えてない……。心の中でぷつっと何かが切れて、感情がごちゃごちゃに混ざりあった気がした……。気付いた時には娘の細い首に、しっかりと私の手のひらが触れていて……。


 ごめんなさい……。私は許されないことをしました……。ここに来た理由がようやくわかった……。あの男の言った通り、私が要らない人間だから……。


 ここは贖罪すら許されることのない絶望の世界。神に見放された人間が落とされる最後の場所。だから、もうこうするしかない。私は……自分で自分を裁きます。

13.2019年12月3日「大和中央日報」朝刊紙面

247c

14.6日目・木ノ下律子

 朝日が砂漠を照らす風景はいつもきれいね。私がここにいられる理由はそれだけかもしれない。だって、別に好んで来たわけじゃないもの。馬鹿な人間たちと生活を共にするなんて、いい加減うんざり。抜擢された当時は脳内麻薬に侵されていたのね。こっちが本当の私。


 この5日間、5人の人間が様々な行動を見せてくれた。相変わらず想定外のことが多かったけど、一人がエスケープしたことで軌道に乗る予感がしてた。それなのに、まさかこんなことになるなんて……大問題ね……。私はこの日の朝を一生呪い続けるかもしれない。


 明け方、ごそごそと物音が聞こえて目が覚めた。音の主は隣で寝ていた外国人のようだった。暗くて何も見えなかったから、背中越しに気配を感じ取ろうとしたけど、それが間違いの元だったのね……。再び深い眠りに落ちるまでに、それほど時間はかからなかった。


 「一人足りません!」


 緊迫した声で覚醒した時、漠然と嫌な予感がしたことを覚えてる。私が体を起こすとすぐに、声の主がテントの外へ出た。私も後を追って飛び出した。と同時に、テントの裏側から息をのむような悲鳴が聞こえた。


 急いで駆けつけると、あの子はテントのそばに掘られた穴から必死で何かを引きずり出そうとしていた。異変に気付いた男性たちが駆け寄って、中にあったものを砂の上に寝かせた。


 明け方に聞こえた物音が重大な警告音だったことを知って、急速に血の気が引いて行くのがわかった。あの時、ほんの少し振り向いてさえいれば……様子をうかがってさえいれば……こんな事態にはならなかったかもしれない……。目の前にある人形のような物体を茫然と見つめながら、初めて犯したミスに与えられるべき罰を覚悟した。


 首吊りは座ったままでもできる。穴の深さはそれほどでもないけれど、自殺するには十分ね……。腰を中に落として、両足を外に投げ出して、全ての重みを首にかければそれだけで成立。絡みつくように食い込んだ細い布の片端は、テントのペグに結ばれていた。支給されたTシャツと空き缶が凶器になるなんて皮肉なものね……。


 「心臓マッサージをしてください!!」


 目の前で人工呼吸をしていたあの子の声が、遥か遠くに聞こえた。まるで、自分だけが違う空間にいるかのように、フィルター越しの世界が現実感を伴わない感覚。何もしない自分に向けられた責めるような眼差しが痛かった。


 だけど、蘇生なんて無理だったのよ……。夜が明ける頃には、すでに事が終っていたんだから……。彼女はもう死んだ……。諦めるしかなかったのよ……。

15.7日目・向井あかね


 自殺を目撃したのは初めてだった。「この場所から不要になった人間は、頭を撃ち抜かれて放り出される」。その言葉は間違っていない。だけど、ここは生きるための場所。いたずらに使うべき言葉ではなかった。だから私はあの男を咎めた。


 
まさか、彼女がここまで追い詰められていたなんて……。ごめんね……。母の最後の言葉を思い出す。ごめんね……。ごめんね……。彼女もそう繰り返しながら息を引き取ったのだろうか。


 
昨日の夜は一睡もできなかった。散らかった部屋を片付けなければならないのに、どこから着手すればいいのか全くわからない。まるで、脳の神経が交通渋滞を起こしているかのように、上手く思考に入ることができなかった。


 
「俺たち、どうすればいいのかな……」


 
誰かが呟いている。もう少しだけ待って。ちゃんと私が決めるから。


 
「あんたのせいで死んだのよ!」


 
あなたも私も他人を責める資格なんてない。


 
「うるせぇ、なにかと上から物言いやがって!」


 
もうやめて。限界なのはわかったから。


 
高校受験が終わった春休み。粉々に砕け散った腕時計。もしもあの日がなかったら、私はここにいなかっただろう。


 
ピンポーン。最初のインターホン。母の来客。端正な顔の中年男性。ピンポーン。2度目のインターホン。父の来客。父よりも少し年上に見える清楚な女性。どちらも知らない顔だった。状況が全く呑み込めなかった。


 
「あなたの受験が終わるまでは隠しておこうと思ったの。」


 
母の言葉でようやく察しがついた。だけど、受け入れることができなかった。両親は仲が良かったから。少なくとも、私の目にはそう見えていたから。だけど、違った……。


 
母は父と結婚する前に私を身ごもったらしい。それに気付いたのは、父の浮気が原因で破局した後のこと。気持ちの冷めきったふたりにとって、私の存在は邪魔なものでしかなかった。しかし、上辺だけを取り繕って、今日まで私を育てた。その挙句がこれ。理性、モラル、何もかもが欠如した両親に幻滅し、涙すら出なかった。


 
春休みの穏やかな一日。ほんの少しだけ突き放しつつも、いつも見守られている温もりを感じた母からの贈り物。数週間後の未来に向けて、心を躍らせたひと時。その幸せは一瞬にして消えた。両親がつき通せなかった重大な嘘が許せなかった。だから私は……。