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12.5日目・宮崎カレン


 太陽がのぼる。穴を掘る。太陽がのぼる。穴を掘る。太陽がのぼる。穴を掘る。太陽がのぼる。穴を掘る。太陽が昇る。今日も……穴を掘る……。毎日毎日これの繰り返し……。もう……頭がおかしくなりそう!!


 昨日、男の子がひとりいなくなった……。あんなに頑張ってたのにどうして?! 不要なものは放り出されるってどういうこと?! あの子は不要なんかじゃない! 一番汗だくになって、一生懸命探してた。なのにどうして殺されなければならないの?! 酷過ぎる!!


 あの男はまるで他人事のようにこっちを見るばかりで、満足に働きもしない。あんたの方がよほど不要! ここからいなくなればいい! 全部あんたのせい! 私がこうなったのもあんたの!!


 ……違う。こうなったのは全部自分のせい……。思い出した……。私はこうやって誰かに責任を押し付けることでしか自分を保てなかったんだ……。


 日本は全てが速くて狭くて無機質で、いつも苦しかった。ずっとイタリアに帰りたかった。いくら国際化が進んだといっても、子供は物事の分別がつかない。学校では毎日いじめられて、その惨めさを両親にぶつけた。なんで日本なんかに来たの?!って。


 大人になってもそれは同じ。ただ幸せだけを求めて結婚した私が馬鹿だったのかもしれない……。仕事のためにプライベートを削る夫。何も知らずに、無邪気な顔で笑う娘。子供さえいなければ、もっと自由に生きられたのにって、時には殺意さえ感じた。


 理想の夫婦とか円満な家庭とか、そんなものは全部上辺だけ。辛い顔を見せられる友達がいなかっただけ。マンションには顔見知りの園ママが何人もいるけど、本音を言えば、いつも壁を感じてた。


「あの人、浮いてるわよね。」
「買い物に行くだけなのに、何よ、オシャレしちゃって。」
「ここが日本だってこと知らないんじゃない?」
「ホント、外国人のくせに献身的な妻気取りで笑っちゃう。」
「笑うって言えば、あの派手な笑顔、目障りじゃない?」
「こっちは朝からそんなにテンション高くないのにね。」
「明るく元気な自分に酔ってるんでしょ。」


 
それが、本当の声。日本に来た外国人は大人になっても色眼鏡で見られる。笑顔でいるって、そんなにいけないことなの? 笑っているから傷ついてないとでも思ってるの?


 ねぇ、ママ……。ママもこんな風に一人で耐えてたの? 神に背いてまで逃れたい苦しみを抱えて、どうして私を守ることができたの?


 私には無理だった……。もう限界だった……。きっかけなんて覚えてない……。心の中でぷつっと何かが切れて、感情がごちゃごちゃに混ざりあった気がした……。気付いた時には娘の細い首に、しっかりと私の手のひらが触れていて……。


 ごめんなさい……。私は許されないことをしました……。ここに来た理由がようやくわかった……。あの男の言った通り、私が要らない人間だから……。


 ここは贖罪すら許されることのない絶望の世界。神に見放された人間が落とされる最後の場所。だから、もうこうするしかない。私は……自分で自分を裁きます。

13.2019年12月3日「大和中央日報」朝刊紙面

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14.6日目・木ノ下律子

 朝日が砂漠を照らす風景はいつもきれいね。私がここにいられる理由はそれだけかもしれない。だって、別に好んで来たわけじゃないもの。馬鹿な人間たちと生活を共にするなんて、いい加減うんざり。抜擢された当時は脳内麻薬に侵されていたのね。こっちが本当の私。


 この5日間、5人の人間が様々な行動を見せてくれた。相変わらず想定外のことが多かったけど、一人がエスケープしたことで軌道に乗る予感がしてた。それなのに、まさかこんなことになるなんて……大問題ね……。私はこの日の朝を一生呪い続けるかもしれない。


 明け方、ごそごそと物音が聞こえて目が覚めた。音の主は隣で寝ていた外国人のようだった。暗くて何も見えなかったから、背中越しに気配を感じ取ろうとしたけど、それが間違いの元だったのね……。再び深い眠りに落ちるまでに、それほど時間はかからなかった。


 「一人足りません!」


 緊迫した声で覚醒した時、漠然と嫌な予感がしたことを覚えてる。私が体を起こすとすぐに、声の主がテントの外へ出た。私も後を追って飛び出した。と同時に、テントの裏側から息をのむような悲鳴が聞こえた。


 急いで駆けつけると、あの子はテントのそばに掘られた穴から必死で何かを引きずり出そうとしていた。異変に気付いた男性たちが駆け寄って、中にあったものを砂の上に寝かせた。


 明け方に聞こえた物音が重大な警告音だったことを知って、急速に血の気が引いて行くのがわかった。あの時、ほんの少し振り向いてさえいれば……様子をうかがってさえいれば……こんな事態にはならなかったかもしれない……。目の前にある人形のような物体を茫然と見つめながら、初めて犯したミスに与えられるべき罰を覚悟した。


 首吊りは座ったままでもできる。穴の深さはそれほどでもないけれど、自殺するには十分ね……。腰を中に落として、両足を外に投げ出して、全ての重みを首にかければそれだけで成立。絡みつくように食い込んだ細い布の片端は、テントのペグに結ばれていた。支給されたTシャツと空き缶が凶器になるなんて皮肉なものね……。


 「心臓マッサージをしてください!!」


 目の前で人工呼吸をしていたあの子の声が、遥か遠くに聞こえた。まるで、自分だけが違う空間にいるかのように、フィルター越しの世界が現実感を伴わない感覚。何もしない自分に向けられた責めるような眼差しが痛かった。


 だけど、蘇生なんて無理だったのよ……。夜が明ける頃には、すでに事が終っていたんだから……。彼女はもう死んだ……。諦めるしかなかったのよ……。

15.7日目・向井あかね


 自殺を目撃したのは初めてだった。「この場所から不要になった人間は、頭を撃ち抜かれて放り出される」。その言葉は間違っていない。だけど、ここは生きるための場所。いたずらに使うべき言葉ではなかった。だから私はあの男を咎めた。


 
まさか、彼女がここまで追い詰められていたなんて……。ごめんね……。母の最後の言葉を思い出す。ごめんね……。ごめんね……。彼女もそう繰り返しながら息を引き取ったのだろうか。


 
昨日の夜は一睡もできなかった。散らかった部屋を片付けなければならないのに、どこから着手すればいいのか全くわからない。まるで、脳の神経が交通渋滞を起こしているかのように、上手く思考に入ることができなかった。


 
「俺たち、どうすればいいのかな……」


 
誰かが呟いている。もう少しだけ待って。ちゃんと私が決めるから。


 
「あんたのせいで死んだのよ!」


 
あなたも私も他人を責める資格なんてない。


 
「うるせぇ、なにかと上から物言いやがって!」


 
もうやめて。限界なのはわかったから。


 
高校受験が終わった春休み。粉々に砕け散った腕時計。もしもあの日がなかったら、私はここにいなかっただろう。


 
ピンポーン。最初のインターホン。母の来客。端正な顔の中年男性。ピンポーン。2度目のインターホン。父の来客。父よりも少し年上に見える清楚な女性。どちらも知らない顔だった。状況が全く呑み込めなかった。


 
「あなたの受験が終わるまでは隠しておこうと思ったの。」


 
母の言葉でようやく察しがついた。だけど、受け入れることができなかった。両親は仲が良かったから。少なくとも、私の目にはそう見えていたから。だけど、違った……。


 
母は父と結婚する前に私を身ごもったらしい。それに気付いたのは、父の浮気が原因で破局した後のこと。気持ちの冷めきったふたりにとって、私の存在は邪魔なものでしかなかった。しかし、上辺だけを取り繕って、今日まで私を育てた。その挙句がこれ。理性、モラル、何もかもが欠如した両親に幻滅し、涙すら出なかった。


 
春休みの穏やかな一日。ほんの少しだけ突き放しつつも、いつも見守られている温もりを感じた母からの贈り物。数週間後の未来に向けて、心を躍らせたひと時。その幸せは一瞬にして消えた。両親がつき通せなかった重大な嘘が許せなかった。だから私は……。

16.国家安全保障局 情報総監部 生体信号受信室


「午前11時38分、セクションRRより人口ホルモンの反応あり。」

「コロニスか?」

「はい。向井あかねがピアスを飲み込んだものかと。」

「ただちに上に連絡しろ。」

「了解しました。」


「こちら受信室。先ほど、コロニスの反応を確認しました。」

「こちら本部。局長に繋ぎます。」


「滝沢だ。昨日発生した生体反応消失との関係は?」

「早急に分析を試みましたが、送受信共に装置の異常は全く見られませんでした。」

「ということは?」

「現状ではICチップの誤作動、もしくは保護者の死亡が考えられます。」

「了解した。残りは4名ないし5名で間違いないか?」

「はい。間違いありません。」

「ただちに輸送車を向かわせる。」

「よろしくお願い致します。」

17.国家安全保障局 調査研究部 鑑定室


「あなたが拘束されたのは何度目か覚えていますか?」

「あぁ……確か2度目だな。」

「そうです。1度目に拘束された理由を覚えていますか?」

「仕事が見つからなくて、いらいらいしていた。」

「もう少し具体的にお願いします。」

「ポケットに入れていた小型のナイフで職業紹介所の社員を刺そうとした。」

「そうです。それでは2度目に拘束された理由を覚えていますか?」

「いや、覚えていない。」

「あなたは勤めていた工場の人事部長に全く同じことをしました。」

「そんな気もするな。」

「はい。派遣労働者の人員削減による解雇を言い渡された直後のことでした。」

「そうか……。おれは一度目で学ばなかったのか……。」

18.国家安全保障局 調査研究部 聴取室


「君が拘束された時、計器が過去に例のない反応を示していたことについて心当たりはあるか?」

「いや。」

「我々は今後の調査・研究のために、君がどのような方法であそこに入り込んだのかを説明してもらいたい。」

「入り込んだ?」

「ん?」

「そういう言い方をするってことは、おおよその見当はついてるんだろ?」

「……。」

「御託はいらない。時間の無駄だ。」

「そうか。それでは質問を変えよう。君の目的は、ぐぁっ!」

19.国立防衛学院 高等部 宿舎


 区立二ツ木小学校 作文発表会 「わたしのゆめ」


 
わたしのゆめは、せいじかになることです。この前、お父さんとお母さんから聞きました。人をころしそうな人は、ころしてしまうまえに、ころされてしまうそうです。しんぶんに書いてあったそうです。


 わたしはそれを聞いて、とてもこわくなりました。もしも、かぞくがいなくなったらとてもこまるし、さびしいからです。お父さんも、お母さんも、ほかのおとなの人も、みんなこわい、こわいと言っていました。


 わたしは人をころしていない人がころされるのは、まちがっていると思います。友だちとけんかをしたらあやまらなければいけません。だけど、それはけんかをしたからです。わたしも友だちも、悲しくなるからです。だから、まだけんかをしていないのにあやまるのは、おかしいと思います。


 しんぶんを見て、みんな、ころされるのはいやだと言っていました。わたしもいやです。かぞくが幸せにくらせなくなるからです。だから、わたしはせいじかになりたいです。もしもせいじかになったら、人がころされない幸せな社会を作りたいです。



 
帰ってきた。ただちに理事長室へ顔を出さなければならない。だけどその前に昔の自分が書いた作文を読みたくなった。


 あの新聞記事が掲載された当時、私はまだ小学四年生だった。政治家になりたいとか、誰も殺されない社会を作るとか……。改めて読んでみると、あまりの虚しさにやり切れなくなる。だって、他でもない私自身がこの手で人を殺したのだから……。


 だけど、ある意味ではとても純粋であったのかもしれないと今では思う。周囲の雰囲気を肌で感じ、その異様さを子供なりの言葉で訴えたのだろう。


 「未然に抹殺する」という言葉を目にして、人々は恐怖で震えあがったという。そして、善人の仮面をかぶり、自分の感情を押し殺して、ターゲットにならないよう慎重に行動するようになったとも。


 果たしてそれが普通の人間社会だと言えるだろうか。道化師のように明るく振る舞う人、人、人。気持ち悪い。喜怒哀楽、三字経、ナヴァ・ラサ。当たり前に持っている感情に背いて生きるから、いつかどこかで爆発してしまう。それが人間……。


 「relief and rehabilitation facilities」――凶悪犯罪未遂者更生保護施設。通称セクションRR。セクションって「§」のこと? まるでSOS。皆、助けを求めてもがいていた。何もわからない状況の中で、自分なりの答えを見つけ出そうと懸命に模索していた。


 「real reality」――真の現実。あそこはこの世の中で唯一感情をさらけ出せる場所。こっちの方がずっとふさわしいネーミングだと私は思うけど。



「向井君、初めての任務、ご苦労だった。」

「滝沢理事長。ただ今戻りました。理事長室へ伺おうと思っていたところです。」

「そうだな、私の部屋で詳細を聞かせてもらいたい。」

「はい。お忙しい中わざわざ出向いていただき申し訳ありません。」

20.国家安全保障局 局長室前


「お戻りでしたか、副局長。」

「ええ、ついさっき到着したばかりよ。」

「お疲れ様です。」

「滝沢局長は?」

「ただ今、公務により外出中です。」

「公務? 何か伝言は?」

「承っております。こちらを。」

「封筒?」

「はい。本日は自宅に戻って構わないとのことです。」

「不思議ね。普段ならばすぐに私を呼び出すのに。」

「自宅に戻り次第、封を切って欲しいとのことです。」

「了解したと伝えておいて。」

「はい。そのように申し伝えます。」



 
やっぱり自宅が一番ね。ソファーでくつろぎながらワインを飲む時間は最高。面倒なことは全て忘れられる快適な空間。それに対して……。


 大嫌いよ、あんな場所。行かなくていいなら二度と行きたくないわ。まあ、あそこは元々そういう感情を植え付けて、同じ過ちを繰り返さないように教育し直す場所だけど。贖罪よ、贖罪。


 はぁ……。カメラでも取り付けて、遠隔的に監視することはできないのかしら。そうそう、封筒があったわね。今日の局長の行動は理解し兼ねるわ。だって、私の報告よりも優先すべき公用なんてあり得ないじゃない。で、私に何の用かしら?


 ……どうして? どうして急にそんなことになるの?! 確かに私はミスをした。監視役として宮崎カレンの死を防げなかった罰は覚悟してた。だけど、まだ何も話してないじゃない! 生体反応の消失のみで保護者の死を断定することはできないはず……。


 それなのに、どうして既に謹慎の命が下っているの?! 信じられない……。こんなの現実じゃない……。違う、違う、違う!! きっと何かの間違いよ!!


 私には仕事しかない……。何もかもを犠牲にして、ようやくここまでのぼりつめたのに、解任だなんてあんまりよ……。説明させて……お願いだから……。私を見捨てないで……。

21.国立科学研究所 所長室


「富田さん、親父が見つかりました。」

「本当か?」

「はい。私はNSAに――」

「あぁ、聞いている。丸山に悩み相談もちかけて泥酔させたらしいな。」

「……。」

「そんな顔するな。血相変えた丸山がここに駆け込んできたんだよ。」

「そうでしたか。酩酊させて青酸カリでも打とうと思っていたんですが。」

「できなかったようだな。」

「はい。後頭部に釘を打たれたような衝撃を感じて、その場に倒れこみました。」

「その後、どうなった?」

「話せば長くなります。」

「構わんよ。あれは完全に丸山の逸脱行為だ。ほぼ間違いなくNSAから金を受け取っていたんだろう。」

「親父のICチップは、当時まだ人体に埋め込んでいいものではなかった。」

「そうだな……。機能はほぼ完璧だったが、特に疾病治療薬との兼ね合いについては所内でも疑問視されていた。年齢、性別、免疫、遺伝、ストレス耐性、肉体的・精神的発育。それぞれに個人差があって、測定結果を単純に捉えることは困難だった。」

「なぜあなたは所長として丸山さんを止めなかったんですか。あれを公にしていいはずがないじゃないですか。」

「申し訳ないとしか言えない。ここからは私の言い訳になる。あの会見が開かれた時、丸山は所内にいたんだよ。プロジェクトリーダーとして、今後ICチップをどのように開発・運用していくかを話し合っていた。私も同席していたからね、これは確かな話だ。」

「どういうことですか?」

「丸山には双子の弟がいたんだよ。本当に驚いた。顔も同じ。背格好も同じ。その弟が会議に出席している数時間の間に、丸山は『完璧なICチップ』を公表したんだよ。」

「弟に何のメリットがあるんです?」

「さっきも言っただろう。金だよ、金。気付けなかった私の責任だ。」

「そんな……。なぜあの人をここから追い出さなかったんですか。許されることじゃない!」

「その通り、許されることではない。だが、生体注入開始から数年後、ICチップを犯罪防止目的で利用するという噂が耳に入り、さらに数年後には岡田研究員――君の父親が失踪した。あの会見の日からずっと、私は研究の裏に何か黒い流れがあることを感じていてね。少なくとも真実の一部を知る丸山を手放すことはできなかったんだよ。むろん、簡単には口を割らなかったが。」

「そうでしたか……。」

「ああ。しかし、大人になった君が何らかの疑問を持って行動を起こすことは、漠然と目に見えていたよ。」

「なぜです? 俺が親父の息子だからですか?」

「まあそれもあるが、もともと君は公明正大な性格だ。……ジャッジメント。ルールを守らない子供を注意するのは、きっと君だと思っていた。」

「そうですね。それが俺の仕事ですから。」

22.東京都内 アミューズメント施設

「萩原君、あちらで機械トラブル!」

「はい、今行きます!」

「萩原君、段ボール運ぶの手伝って!」

「はい、今行きます!」

「萩原君、休憩入っていいよ!」

「はい、今行きます! ……じゃなかったな。お先に失礼します!」


 コンビニとかファミレスとか色々考えたけど、結局ゲーセンの店員に決めた。やっぱ性に合ってるっていうか、落ち着くっていうか。働くことがこんなに楽しいなんて、昔のオレじゃ想像もできなかった。昔っつっても、たったの2週間だけど。


 友だち燃やそうとして、気を失って、砂漠に連れていかれて、穴掘って、気を失って、目が覚めたら自分の部屋で寝てた。いつもなら、帰ってきたら即オンゲーなんだけど、なぜかパソコンには全く触らず外に出た。


 向かった場所はドラッグストア。ターンカラーを買って髪を黒く染めた。なんとなくコンビニに置いてあった無料の求人情報誌を眺めた。で、今に至る。


 なんで男のオレがぬいぐるみのフロアに配属されたのかいまいちわかんねぇけど、何やっても楽しい。とにかく楽しい。生きてるって感じがする。きっと、あそこに行ったからなんだろうな。他の5人はどうなったんだろう。もう出てきてるよな?


 やりたいことが見つかったわけじゃないけど、なんとなく将来のことを考えるようになった。今はバイトでいいけど、今までおやじにもおふくろにも相当迷惑かけてた。オレが働くって言ったら、おふくろは泣いてた。すげぇ悪いことしたんだって反省した。人生やり直したくて通信制の高校に入り直すことも決めた。とりあえず、大検に受かることが目標。


 それから、近いうちにあいつに謝りに行く。誰かのおかげでオレは親友を殺さずに済んだ。あの時は理性がぶっ飛んでたからホントに感謝してる。だけど、やろうとしたことには変わりない。許してもらえるとも思ってない。オレがあいつの立場だったら、ごめんじゃ済まねぇよ。だけど筋は通さないとな。けじめなんだ。前に進むために頭下げに行く。

23.2035年10月26日 雨

247d

24.東京都内 職業安定所


 247番。電光掲示板におれの番号が表示された。この8年間、何度ここへ来ただろうか。あんなことをしでかしたのに出入り禁止になってないってことは……。おれたち世代は国から見捨てられたとばかり思っていたが、そうでもなかったってことだな……。


 こっちに戻ってきてから、自殺した女のことばかり思い出す。死んだら楽になれると思ったことは数知れない。だけど、思うことと実行することは別であって、結局何もできないままに生き延びてる。自殺する勇気とエネルギー……。ある意味では尊敬に値するものかもしれないな。


 思う……実行する……。おれは今まで何をしてきた? 職安では自分の希望を伝えた。職場ではやれと言われた仕事をやった。それ以上でも、それ以下でもない。それは実行なのか? 今朝のことが脳裏をよぎる。



「部長、ご無沙汰しております。その節は――」

「何しに来たんだ!」

「あの……。私はただ――」

「解雇された腹いせならさっさと出て行け!」

「ですから、私はただお詫びを――」

「あのままナイフが刺さっていたら死んでいたかもしれないんだぞ!」

「……申し訳ありませんでした。失礼致します。」



 
おれは謝罪すらまともにできなかったのか……。しっかりしろよ……。職がないと言われたら、どこでもいいからと泣きつく。解雇すると言われたら、抗わずに従う。怒りや悲しみがオーバーフローしたら、簡単に刃を向ける。何やってんだよ……。


 あの女が何をしたのかはわからないが、最後の最後に自分の人生をコントロールしたんだな……。おれはただ流されるだけだった。申し訳ない……。本当に……申し訳ない……。人生を変えてしまって……。不用意な一言で普通の生活に戻れるチャンスを不意にしてしまって……。最低だ……。


 「……あの、どうかしましたか?」


 えっ?! あぁ……ここは職安だったな……。どうしたらいいのか全くわからない。罪悪感と不甲斐なさで身の置き所が無い。


 「岡崎さんは以前にもここにいらっしゃいましたよね?」


 この担当者……何を考えている……?


 「私たちのことを信頼していない求職者の方がたくさんいらっしゃいますが、お悩みやご希望などを出来る限り正直にお話しになってください。」


 なぜだ……。


 「職業紹介や職業指導は政府の義務なんですよ。お話しいただければ、それに沿って最良のサポートに尽くしますので。」


 今がチャンスなのか? 自分で自分の人生をコントロールする。話すことが第一歩ならそれをやらなければまた同じ結果を繰り返す。だけど、怖い……。足が勝手に震えだす……。これまでの経緯を説明したらそれこそ……。


 ……いや、もうやめよう。おれは2度も間違いを犯したんだ。そして、3度目に他人の人生を大きく狂わせた。失うものなんてないのに、何を躊躇しているんだ。


……………………
…………………………
………………………………


 
長い長い時間が経過した。……と思ったが、時計の長針が一周もしていないことに気付いた。他人とまともに会話をしたのは久しぶりのことだった。


 
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 自死遺族の方をサポートしていただける職員を募集しております。


 
ボランティアか。考えもしなかった。給料は安いが、今のおれにふさわしい仕事ではないかと勧められた。自分でもそう思う。償いになるなんて到底思っていないが、何かに導かれてなるようになった、そんな感覚を覚える自分が今ここにいる。

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