トップページ | 2010年7月 »

プロローグ

Sabaku

1.向井あかね


【向井あかね】

年齢16歳。東京都内の高校に通う一年生。学校での成績は極めて優秀。品行方正な生徒として教師からの評価も高い。髪の色は黒。右の耳にピアス。


 アイマスクを外されて最初に目に映ったのは、見たこともない広大な砂地。テレビで見たことのある砂漠のような、終わりの見えない砂の山。ここに水はあるのだろうか。ふとそう思った。


 
私の他に女性が2人、男性が3人。歳はどれくらいだろうか。恐らく、私が最も若く、年長者も30歳前後だろう。


 
オーソドックスなグレーのスーツを着た、サラリーマン風の男性。スウェードのワンピースとミリタリーブーツが特徴的な髪の長い女性。赤いパーカーにチノパンを履いた金髪の男性。グリーンの瞳が印象的な、外国人らしき女性。しわにまみれた作業服を身にまとった、髪の乱れた男性。


 
皆、一様に硬い表情で辺りを見回している。


 
私たちを乗せてきた白いワゴン車は、五分ほど前にこの場を去ってしまった。残されたのは見ず知らずの六人と、長い銃を持った大柄な男性。彼は麻色のTシャツにカーゴパンツを履いている。全員、ここで殺されるのだろうか……。そう思わせるような、威圧感の溢れる出で立ちだった。


 
今、何時だろう。時計を見ようと手首に目を向けた時、初めて愛用の腕時計がないことに気付いた。高校の合格を祝って母が贈ってくれたもの。


 
「一歩大人に近づいたんだから、自分の時間を自分で管理して、楽しい高校生活を送ってね。」


 
そう言いながら、幸せそうな笑顔を浮かべていた母の姿を思い出す。


 
その大切な時計の代わりに手首に付けられていたのは、金属製の手錠のようなもの。しかし、二つのリングは手錠と違って鎖で繋がれていない。少しの重みを感じる以外、両手は自由だった。


 
そもそも、なぜ私はここに来たのだろう。車の軽い衝撃が妙に心地良かったことをうつろに覚えている。「起きろ」という声で目を覚まし、アイマスクを外され、車から降ろされた。


 
そうだ。あの時計は私が――。手繰り寄せた記憶の中で、粉々に砕け散ったガラクタが浮かんでは消え、浮かんでは消え。むき出しになった歯車がカタカタと音を立てる光景が、何度も何度もリピート再生される。


 
空を見上げると、太陽が傾きつつあることがわかった。きっと、もうすぐ日が暮れる。銃を持った男が「付いてこい」と呼びかけている。付いていくしかないのだろう。ここにいても何もわからないのだから。一人になってはいけない。私の直感が胸の奥底で疼いていた。

2.岡田祐介

【岡田祐介】

年齢26歳。有名私立大学を卒業後、都内で嘱託社員として働いている。誠実な仕事ぶりで、周囲からの信頼は極めて厚い。ボランティアで野球の審判を行っている。


 なんなんだよ、ここは……。広い砂漠の真ん中にテントがふたつ。ライフルの男が言ってたな。ここがおまえたちの居住区だとかなんとか。片方を男性、もう片方を女性が使えってことか。こんな何もない場所に連れてきて、俺たちをどうするつもりなんだ?


 待てよ。「おまえたちの居住区」ってことは、俺たち以外の居住区もあるのか? もしかしたら、居住区の他にも何か……。推察が尽きることはないが、ここからは何も見えない。無駄に動き回るより、今は腰を落ち着けて様子を見た方がいいだろう。


 テントの中は思いのほか広い。寝袋と衣類一式が置いてある。とりあえず着替えるか。この格好のままじゃ動きにくくてしょうがない。ここに来るまで、スーツと革靴は正直きつかった。暑さに加えて砂に足をとられてかなり参ったよ。


 Tシャツに軍パン。全員一緒なんて、まるでユニフォームだな。現役時代を思い出す。着心地はそんなに悪くないが、左耳が煩わしい。これはピアス? 長い間野球に明け暮れていたせいか、アクセサリーなんて興味のかけらもなかった。鼻に付けたり、腹に付けたり、こんなもので自己表現を主張する人間の気が知れない。


 それはともかく、人が寝てる間に耳に穴を開けるなんて、許されることじゃないだろ。手首には金属の輪っか。耳にも金属性のピアス。俺たちが逃げられないように、小型の探知機でも仕込んであるのか? わからない……。全くわからない。考えれば考えるほど頭が痛くなる。


 だいぶ日が落ちて、視界が狭くなってきた。こんな状況で集合だって? あのライフル、いちいち目障りだな。指揮官気取りが気に入らない。この闇の中でテントの場所を見失ったら完全に命取り。何かをさせるつもりなら明るいうちにしてくれよ。


 隣にいる女の震えを感じる。当たり前だ。あんな物騒なものを向けられたら、誰だって死がよぎる。この十数年で自殺者が激増したらしいが、人間には生存本能ってものがあるんだよ。


 一刻も早く、この状況を打開したい。だけど、今は従うしかない。俺は自分の身を守る。俺にしかできない仕事があるからな。失踪なんてことになったらミイラだよ。突然こんな場所に連れて来られるなんて思いもしなかった。なんとかしなきゃな。

3.萩原恭平


【萩原恭平】

年齢19歳。暴力行為で都立高校を退学。その後はいわゆるニートである。外に出ることは稀で、主にネットゲームに時間を費やしている。髪の色は金。素行は極めて不良。


 あの野郎、バカにしてやがる。マジふざけんな! 今日はさっさと寝ろ。明日はさっさと起きろ。そして働け。ここには最低限の水と食料しかない。それ以上を望むなら、自分で畑を耕し水脈を探せ。それがここのルールだ。って、オレになんの関係があるんだよ!


 つーか、ここが砂漠だってわかってんのか? 水脈とか、意味わかんねぇ。探してる間にオレら全員干からびて死んじまうって!


 これはなんかの罰ゲームなのか? オレが高校で人生ドロップアウトした罰なのか? わけわかんねぇよ。パソコンさえあれば手がかりくらいはつかめるかもしれないのに……。


 あー、ゲームやりてぇ。どうすんだよ、親にデータ消されたりしてたら。だけど、あそこはリセットできるからいいよな……。俺の人生終わってるから……笑える。


 ……テントに寝袋って今時キャンプかよ。連れてくるならプレハブくらい建てとけって。まぁ、思ったほど悪くはないけどな。住むだけならこんなもんでも十分耐えられる。服も別にどうってことない。全員おそろいってのがダサくて好きじゃねぇけど、あるだけマシってとこか。


 あとは食料。食料……。ハラへったなぁ……。明日の朝になったら、ライフルのヤツが届けてくれんのか? それしか考えられないよな。テントの中には何も見当たんねぇし、外は砂、砂、砂。


 もしかして、あの砂、食えんのか? いくらなんでも食えるわけねぇよな……バカかオレ。やっぱ支給だろ。飢え死にさせるくらいだったら面倒くせぇ、撃ちまくってさっさと全滅させるだろうし。あれはただの牽制だよ、牽制。


 だけど、ホントに罰ゲームだったら逆にリアルで面白いな。RPGの中みたいじゃねぇ? 無茶苦茶なストーリーに巻き込まれてく主人公とかヒロインとか。いきなり冒険の旅に出されるって、けっこう最悪だな。


 なんでオレがターゲットになったのかさっぱりだけど、普通の生活してたわけじゃない。罰なら罰で受け入れるとして……とりあえず寝るか。

4.宮崎カレン


【宮崎カレン】

 年齢24歳。イタリア・フィレンツェ出身、東京都在住。短期大学在学中に四歳年上の会社員と結婚。一児の母となる。夫婦仲は円満。主婦業にも近所づきあいにも積極的で明るい性格。


 怖い……。銃を持った男がずっとこっちを見てる……。目を閉じても、まぶたに焼き付いて離れない……。震えが止まらない……。神様……。家に帰りたい……。ここはどこなの……? どうして連れて来られたの……? きっと、家族が心配してる……。


 ここで暮らすためには、食料と水を手に入れなきゃいけないみたい。最低限って、どれくらいあるのかな……。1人分? 2人分? 私を入れて6人。もしも足りなかったら……奪い合うの……? まさか、ひとりが生き残るまで終わらないとか、そんなことないよね……? そんなことになったら、帰れる自信なんてない……。


 子供の頃は幸せだったな……。パパもママも優しくて、いつも私のことを守ってくれた。経済的には裕福ではなかったけれど、心の中はいつも穏やかだった。


 パパの仕事の都合で日本に来てから、少しずつ少しずつ、何かが狂い始めたような気がする……。機械的で温かみのない街が、ママの心の余裕を奪ったのかもしれない。子供だった私には何もわからなかった。慣れない土地で家庭を守ることが、どれだけ大変だったか……。


 大雨で増水した川がママを飲み込む光景を、今でもはっきり覚えてる。助けてって叫んだのに、誰も助けてくれなかった……。あれから何年経っただろう。突然消えてしまったママの帰りを待ち続けた私は、もうすぐあの時のママと同じ年になる。


 
大学を中退してまで結婚したのは、もう一度、温かい家庭で暮らしたかったからかな……。愛する夫と娘のいるマンションが、今の私にとって一番大切な居場所。絶対に失いたくない宝物。それなのに、私自身が消えてしまうなんて、戻ってこなかったママと同じじゃない……。ふたりに悲しい思いをさせたくない……。早く帰りたい……。


 息が詰まりそうだった日本の生活に慣れたみたいに、そのうちこのテントにも慣れるのかな……。シュラフなんて初めて使った。ベッドと違って寝苦しい。砂の感触が肌に伝わって、大きな波に揺られているみたい。


 他の2人はもう寝息を立ててる。何でもいいから話しをしたかった。孤独で涙が止まらない……。いつも前向きで明るかった自分はどこに行ってしまったんだろう……。母親になってから泣いたことなんて一度もなかったのに、私っていつからこんなに弱くなったのかな……。

5.2028年3月7日 「大和中央日報」朝刊紙面

247a_2 

6.岡崎貴之


【岡崎貴之】

年齢30歳。都内の電子部品関連工場に勤める派遣労働者。有名私立大学を卒業後、出版会社に入社したが、倒産により失業。その後は職を転々とし、現在に至る。


 
朝が来た。新参者にとっては最初の朝か。さぞかし混乱することだろうな。もっともそれは、ここが以前と同じ場所であるという前提あっての話だが。


 風景はよく似ている。というか、ほとんど同じだと言っていい。しかし、随分と待遇が悪くなった。他の建物はどこに行った? 影も形もなくなって寂しい限りだ。ここに来たってことは、おれはまた何かやっちまったんだろうな……。


 なんて感傷に浸っている場合じゃない。以前と同じ目的が根底にあるのなら、あいつの言ったことは間違いなくはったりじゃない。自分で食を確保しなければ一生ここから出られないってことを、他のやつらはまだわかっていないだろう。


 あいつはただの案内人だ。おれたちをここへ運んで居住区へ誘導し、ルールを説明した後はすぐに消える。誰かがなんとかしてくれるだろうなんて考える愚図は、発狂して終わる。


 ここはそんなに甘い場所じゃない。ゴミ捨て場に捨てられたようなもんだ。


 さて、おれはどう出るべきか。全てを知っているわけではないが、おおよそのことは説明できる。だけど、見ず知らずのやつらを助ける義理はない。


 まずは自分がどうしたいのかだ。おれはここから出たいのか? 正直、外へ出ることができたとしても、生きた心地のしない生活が待っているだけ。考えたくはないが、もうすでに首になっている可能性すらある。またゼロからやり直しならば、いっそのことあのライフルで殺してもらった方が楽かもしれないな。


 努力しても報われない世の中だと言えば、その努力をしなければ報われることはないと返される。おれ以外にも大勢いるだろう。自分の描いていた未来が手に入らなかった人間が。要領のいい人間だけが得をする社会なんて糞喰らえだ。


 まあいい。簡単に答えの出せない問題に頭を使うのは、現時点では時間の無駄だ。他のやつらの行動を観察しながら、ゆっくり考えるとするか。

7.木ノ下律子


【木ノ下律子】

年齢28歳。都内の国立大学を卒業後、米国大学院留学により博士号を取得。その後、日本へ戻り、公務員の職に就く。専門は心理学、生理学など多岐に渡り、若くして総括的な地位までのぼりつめた。


 もうすぐ太陽が真上にくる。正午を間近に控えて、5人の動きに変化が出てきた。今朝のことを思い出すと、ちょっぴり笑える。みんな、昨日は眠れたのかしら? 疲れた顔でテントから出てきて、目的のものを探し始めたのはいいけれど、そこにあったのは昨日と何も変わらない砂漠。捨て犬みたいな表情で押し黙ってしまったけど、普通そこまで落胆する?


 最初に口を開いたのは金髪の男。意外だった。私はスーツの男が無駄に張り切ってリーダーシップを取りたがる気がしていたけど、空腹でしびれを切らしちゃったのね。支給がどうとか息巻いて叫んでた。お子様って本当に馬鹿ね。そんなことしてたら、あっという間に体力尽きちゃうわよ。


 案の定スーツの男が金髪をたしなめたけど、こいつもかなりの馬鹿。怒り狂ってる相手にそんなことしたって、余計に怒らせるだけなのに。結局、胸倉をつかまれて身動きひとつ取れない状態。正義感って汗臭い。ふたりそろって年下の女の子に諌められるなんて、男ってこういう時に限って情けないものね。


 あの子は見た感じ一番冷静。「ここには最低限の水と食料しかない」という言葉を「最低限の水と食料はここにある」と言い換えた。それがきっかけで今に至る。


 彼女はテントに目を付けて、シートの下や部品をくまなく確認してる。何かヒントがあればいいわね。


 スーツの男は姿を消した。行けるとこまで行ってみようってことね。この広い砂漠じゃ無駄に疲労するのが落ちだと思うけど、首尾はどうなっているのかしら? きっと何も見つけられずに帰ってくる。楽しみね。


 何もしていないのが他の3人。外国人は所在無げに視線を泳がせてる。金髪はふてくされたように座り込んでる。年長の男はその様子をじっと見てる。あの男、いったい何を考えてるのかしら。気味が悪い。まあ、そういう私も人のことは言えないけど。

 時間は飛ぶように過ぎていく。この調子だと、何も見つけらないまま一日が終わるわね。もう喉がからから。我慢にも限度があるわよ。随分苦労してるようだけど、そんなに難しいことかしら? 考えてよね。ここは、どう見たって砂漠なんだから。

8.2018年8月10日「大和中央日報」夕刊紙面

247b

9.2日目・岡田祐介


 朝が来た。昨日の夜、テントの中はかなり険悪な雰囲気だった。俺はただ落ち着かせようとしただけなのに、金髪の若造には完全に敵視されてしまったし、もう一人はうんともすんとも言わない。本当に居心地が悪かった。外に出られて正直ホッとしてる。


 しかし、このまま水と食料が見つからないとまずいな。この暑さじゃ全員死ぬぞ。


 昨日は居住区の他に何か建物がないか探しに行った。けれど、どこまで歩いても何も見えなかった。果ての見えない場所を延々と歩き続ける苦痛は半端じゃない。ふくらはぎがぱんぱんに張ってる。


 この状況と審判、どっちが楽だろうか。深夜をまたぐ仕事を終えて、ひと時の眠りにつく。数時間後にはユニフォームに着替えてグラウンドへ走る。試合が始まれば軽く数時間は立ちっぱなし。よほど好きじゃないとやってられないな。


 体力には自信があった自分がこれだけ疲労していることに正直驚いてる。焦りは疲労を早めるからな。精神的にも少しずつ確実に削られてるってことか。だけど、俺はどうしても探さなきゃならない……。どうしても……。


 ん? 今、何て言った? 砂の下じゃないかって? まさか……。だけど、あり得なくはない。正解かどうかはともかくとして、この状況下で最も落ち着いて見えるあの子の言葉をあえて疑う必要はない。あれだけ歩いて何も見つからなかったんだからな。灯台もと暗しの可能性もある。一か八かやってみるか。


 足元の砂に手を差し込むと、意外なほど中が冷たいことがわかった。外は真夏のような暑さなのに、太陽に照らされた浜辺の砂とはまるで違う。干からびそうな体で焼ける地面を掻き分けるイメージが瞬時に消えた。掘り進めるのに全く苦はない。


 体感的には一時間ほどが経過しただろうか。穴の深さは軽く50センチを超え、右手の爪にコツンと何かが触れた。一瞬、地雷かと思って背筋が寒くなった。慎重に掘り返してみると、それは乾パンの入った缶づめだった。


 あった……。まさかとは思ったが、本当にあった……。


 俺の挙動を見て、5人が集まってくる。背中越しに歓喜の表情を感じる。これを受けて、俺はある提案をすることにした。


 テントの周囲に線を引いて一定規模の区画を作り、その区画をひとりひとり掘り進める。そうすれば、短時間でこぼすことなく水と食料を確保できる。みんなが俺の策に乗った。掘り起こしたものは、2つのテントの間に集め、平等に分け合うことに決めた。

10.3日目・萩原恭平


 今日から本格的に穴掘りが始まった。あの男が仕切ってんのがウザいけど、乾パンを口に入れたとき、生きてるって感じがした。いきなりのどに張り付いて死にそうになったけど……。早いとこ水が欲しいな。


 あいつは自分の履いてきた革靴のつま先で線を引いた。1メートル×1メートルくらいの四角をひとりひとりが受け持つ。さてと、オレのテリトリーには何が埋まってんのかな? 


 つーか、これ、ホントに罰ゲームなのか? 完全に宝探しだろ。ただの穴掘りだけど、すげぇ楽しくなってきた。なんでみんなもっと楽しそうな顔しないんだろうな。掘れば掘るほどお宝が見つかるかもしれないのに、下向いて溜め息ついてるヤツもいる。


 インテリっぽい女が一番だるそうだな。やる気あんのか? あいつ、昨日もおとといもオレたちのことじろじろ見やがって、口元が微妙に笑っててマジムカつく。自分の持ち場くらい責任持てっての。


 おっ? 今なんかごそっといった。これはアイテムゲットだな……? 当たり! ビニール袋に包まれたペットボトル! もちろん中身は水。念願の水。オレってかなり大きい仕事したよな! 最っ高!


 ホントならここでふたを開けて一気に飲み干したいところだけど、決まりは決まり。ルールを破るとゲームオーバー。テントの間には……まだ何もない。オレが一番乗り!


 しかし楽しいな。楽しい。楽しい。働くってこんなに楽しいのか。ここを出れたらバイトでもしてみるか。コンビニでもなんでもいい。こんなオレが役に立ってるってすげぇよ。弱いヤツから金巻き上げるために殴って、退学になって、ゲームばっかやって、親に八つ当たりして。なにやってんだろうな、オレ……。


 コンビニ……? そうか……。あの日、オレは……。


 いつも通り黙々とネットゲームの世界を旅してた。だけど、全然楽しくなかった。前の日の夜、中学からの親友がコンビニで働き始めたってメールをよこしたから。あいつは普通に高校行って大学行って、バイトして社会に認められて……。


 コントローラーをいじりながら、嫉妬とか焦りとか、心の中でいろんな感情が混ざり合うのを感じた。夕食を運んできたおふくろの足音で我に帰ったら、死ね死ね死ね死ねって何度も何度もつぶやいてた。


 無意識のうちに家を抜け出して、立っていたのはあいつの働くコンビニの前。あいつはレジにいて、変わらない笑顔でオレを歓迎してくれた。だけど、オレは愛想笑いすらしなかった。あいつを消すつもりだったんだ。炭になってしまえばいいと思った。


 ポケットの中に入っていたライターに火をつけて、あいつの服に……。信じらんねぇ……。なんでそんなこと……。償えるかな……。償いたい……。ここから出たい。

11.4日目・岡崎貴之


 今日も変わらず単純作業。あまり好きな仕事ではないが、生きるためには仕方がない。これまでに出てきたのは乾パンと水とレトルト総菜と缶飯とゼリー飲料と……。全員で作業した結果、たった一日でかなり色々と出てきた。最低限の水と食料はちゃんとここに用意されてたってわけだ。


 そう言えば、今朝、あの金髪がいなくなった。おれたちをここまで運んできた白いワゴンが何の前触れもなく走ってきて、例によってライフルの男が降りてきた。そいつは何も言わずにホルスターから拳銃を抜いて、即座に金髪の頭を撃ち抜いた。発砲音はなく、力を失った体が砂の上に崩れ落ちる音だけがボスっと響いた。で、ヤツはワゴンに乗せられて行ってしまった。


 ほとんどの人間が目を丸くして、茫然と突っ立ってたな。おれは何度か似たような光景を見たことがあるから、全く驚かなかったが。


 一方であの外国人。騒がしいにもほどがある。目の前で人が撃たれたことがショックだったのか、甲高い悲鳴を上げながら延々と泣き叫び続けた。それだけならまだしも、まさか無理矢理ワゴンに乗り込もうとするとは思わなかったよ。おれには理解できない言葉で喚きながら、ドアをこじ開けようと足掻いていた。結局、ライフルの男にあっけなく制止されたが、あの雰囲気は尋常じゃなかった。


 あの女が日本語を話せるのかはわからない。しかし、人間がパニックに陥ると、使い慣れている言葉がとっさに出るのかもしれないな。家に帰りたいとか、ここから出してとか、たぶんそんなことを言っていたんだろう。


 そんなかよわき女性を見て、おれの悪い癖が出た。小さい頃から悪ふざけが過ぎて両親から散々怒られてきたが、なかなか治らないもんだな。


 この場所から不要になった人間は、頭撃ち抜かれて放り出されるんだよ……。


 ひとり言を装ってぼそっと口に出した言葉は、確かにあの女の耳に届いた。顔が一気に青ざめて、嘘のように大人しくなってしまった。ちょっとしたいたずら心。ジョークのつもりだったが、ブラックだったか?


 ついでと言ってはなんだが、おれは一番若いお嬢さんのことも怒らせてしまったらしい。「無責任なこと言わないでください!」だってよ。可愛いね。


 だけど、そんなに無責任なことでもないんじゃないか? だって、この場所から不要になった人間は頭を撃ち抜かれて放り出されるだろう? これは、以前ここへ来た時に知ったことだ。全くもって間違っていない。どこが無責任な言葉なのか、せっかくだから教えてもらいたいもんだね。


 なぜ、未来のある女の子がこんな所へ来てしまったのか。最初に見た時は自分の目を疑ったよ。あの金髪なんかとは違って普通の高校生って感じなのに哀れだな。


 夜になるといつも考える。自分がどうしたいのか。答えはいつも同じ。


 「ここから出る理由はない。」


 おれたちの世代は過酷だった。ようやく就職できたと思ったら倒産やリストラ。派遣に登録したら派遣切り。ブランクを作れば一巻の終わり。面接すらまともに受けさせてもらえなくなる。


 いっそのこと社会主義にでもなれば、自分の意志と現実との間で葛藤しなくて済むのにな。どうでもいい……。帰ったって楽しいことなんてひとつもないよ。

トップページ | 2010年7月 »